大判例

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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1583号 判決

控訴人

遠藤栄一

控訴人

株式会社岡部機業店

右代表者代表取締役

岡部雅一

控訴人

財木みよ志

控訴人

三洋織物株式会社

右代表者代表取締役

柊昭二

控訴人

伸栄織物株式会社

右代表者代表取締役

猪田直三

控訴人

太陽ネクタイ株式会社

右代表者代表取締役

松田太一

控訴人

冨壽栄織物株式会社

右代表者代表取締役

中田好夫

控訴人

株式会社藤田織物

右代表者清算人

藤田喜代次

控訴人

株式会社船越

右代表者代表取締役

船越達雄

控訴人

株式会社ミヤタケ

右代表者代表取締役

宮竹宏太郎

控訴人

吉田清一郎

控訴人

和幸織物株式会社

右代表者代表取締役

近藤健二郎

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

前田進

桑嶋一

市木重夫

置田文夫

被控訴人

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

松山恒昭

外九名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の越旨

1  原判決を取す。

2  被控訴人は、

(一) 控訴人遠藤栄一に対し金一四四九万三八二七円

(二) 控訴人株式会社岡部機業店に対し金五五九一万九九七八円

(三) 控訴人財木みよ志に対し金一四〇〇万五三〇七円

(四) 控訴人三洋織物株式会社に対し金三五六二万八九八四円

(五) 控訴人伸栄織物株式会社に対し金一〇九四万三四八七円

(六) 控訴人太陽ネクタイ株式会社に対し金一〇六九万八六二六円

(七) 控訴人冨壽栄織物株式会社に対し金二七二八万四九八九円

(八) 控訴人株式会社藤田織物に対し金四四六〇万四二八四円

(九) 控訴人株式会社船越に対し金二七〇九万六八五七円

(一〇) 控訴人株式会社ミヤタケに対し金三六九九万九二三四円

(一一) 控訴人吉田清一郎に対し金五三三六万八二三八円

(一二) 控訴人和幸織物株式会社に対し金三九四五万三九八〇円

及び右各金員に対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

ガット二条四項においては、国家貿易の対象となつている物品がガットで関税譲許の約束がされている場合には、国内において輸入価格プラス関税の額以上の価格で販売して輸入差益を生ぜしめるようなことをしてはならない旨が規定されている。ところが、いわゆる実需者売渡し以外の一般輸入による売渡しについては、その売渡し価格が国内生糸価格に連動した価格で売渡されており、右価格は輸入価格プラス関税の額をはるかに超え輸入差益を生じているものであるから、ガット二条四項に抵触違反するものである。

(控訴人らの主張に対する被控訴人の反論)

控訴人らの主張する輸入差益については、国内販売価格から内国税、輸送費、分配費及びその他の費用であつて購入販売又はその後の加工に附帯するもの並びに合理的な利潤を除いたものが陸揚価格を超える場合にその差益部分が問題となるものであつて、右差益部分はガット二条四項によれば個々の輸入ごとに論ずるものではなく、ある程度の期間について平均して論ずべきものとされており、いわゆる実需者売渡し以外の一般輸入による売渡しについては、国内生糸価格の安定を図るため、需給を調整することを基本として行なつており、輸入後における国内需給への影響を考慮して数年間売渡しを行わないことが想定されていることから、その間の金利や倉敷料を考慮した場合、平均的には差益が生ずる仕組みにはなつておらず、同条項に抵触するものではない。

第三 証拠〈省略〉

理由

一控訴人らの本訴請求は、控訴人らは絹ネクタイ生地製造業者であるが、国会が制定したいわゆる生糸の一元輸入措置及び生糸価格安定制度を内容とする法律により、それまで自由であつた外国産生糸を国際糸価で購入する途を閉ざされ、国際糸価であるリヨン相場の約二倍という極めて高い国内価格で生糸を購入せざるを得なくなり損害を被つた。右法律は憲法二二条一項、二五条一項、二九条一項に違反するものであり、右違憲の法律を制定した国会の行為は違法であつて、控訴人らは右国会の違法な行為により損害を被つたので、国家賠償法一条一項により被控訴人に対し、その損害の賠償を請求するというものである。

二そこで、国会ないし国会議員の立法行為と国家賠償法一条一項との関係につき、以下検討する。

1  国家賠償法一条一項は「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」旨規定する。右は公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定したものであり、右法的義務違背は公務員が単に公務員であることの故をもつて国民全体に負う一般的、抽象的な法的義務に違反することを意味するものではなく、当該国民との関係において公務員が職務上負う法的義務に違反することを意味するものである。

このことは、国会議員の立法行為についてもいえることであり、国会議員が立法行為を行うについて、違憲の立法をしてはならない義務を負つていることは、憲法九九条の規定を待つまでもなく当然のことであるが、右は国会議員が国民全体に対して負つている一般的、抽象的義務にすぎず、個別の国民に対して負つている義務とはいえない。けだし、民主主義は国民の間に多様な意見及び利益が存在することを前提とするものであつて、国会議員は国民全体の代表者として右多様な国民の意向をくみつつ国民全体の福祉の実現をはかるべく行動することが要請されており、その最も重要な権能ともいうべき立法行為につき、違憲の立法をしてはならないとの義務を個別の国民に対して負つている義務と見ることはできないからである。従つて、国会議員が国会を通じて制定した立法の内容が憲法上問題があるとしても、その故に国家賠償法上直ちに違法の評価を受けるものではない。

国会議員の立法行為が国家賠償法上違法な行為としてその賠償の責に任ずべき場合とは、右国会議員の職務義務違反が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務に違反したと評価しうる場合、すなわち、立法の内容が一見極めて明白に憲法に違反するとともに直接個別の国民の権利を侵害するにもかかわらずあえて当該立法を行つたという例外的な場合に限られるものといわざるを得ない(昭和五三年(オ)第一二四〇号、同六〇年一一月二一日第一小法廷判決民集三九巻七号一五一二頁参照)。

そこで、当事者間に争いのない原審における控訴人ら主張2の立法行為が右例外的な場合に当たるか否かにつき検討するに、当該立法の内容が一見極めて明白に憲法に違反するか否かは右憲法の規定が一義的なものといえるか否かによるべきところ、憲法二二条一項は国民の基本的な人権の一つとして職業選択の自由を保障し、右職業選択の自由のなかには営業の自由も含まれると解すべきであるが、右自由といえども絶対かつ無制限の自由を保障する趣旨ではなく、「公共の福祉に反しない限り」においてその自由を享受することができるにとどまり、右公共の福祉の要請に基づいて、右自由に制限が加えられる場合のあることは右条項自体明示するところであり、右自由の内容は一義的に定まつているとはいえず、本件法律中に一見極めて明白に憲法の右条項に反する部分があるとはいえない。

このことは、憲法二九条一項についてもいえることであり、同条二項は財産権の内容が公共の福祉に適合するよう法律でこれを定める旨規定し、財産権の不可侵の要請といえども絶対的なものではない旨規定しており、本件法律中に一見極めて明白に同条項に反する部分があるとはいえない。

なお、控訴人らは自由権としての生存権を主張するが、右の営業の自由を生存権に仮託して主張したにすぎず、右主張は前記のとおり失当である。

右のとおりであつて、控訴人らの請求のうち、国会が違憲の法律を制定したことを理由とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。

2  控訴人らは本件法律を根拠に決定された売渡価格等が関税及び貿易に関する一般協定(ガット)二条四項、一七条に違反する旨主張するところ、右売渡価格等は繭糸価格安定法によれば農林水産大臣が定める基準糸価を基準として事業団が定めるものとされており、控訴人らの主張は畢竟事業団の処分を、国会議員の立法行為の違法として主張しているものにすぎず、主張自体失当である。

右のとおりであつて、控訴人らの請求のうち、国会が条約に反する法律を制定したことを理由とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。

三以上のとおりであるから、控訴人らの本訴請求を排斥した原判決は結局正当であり、本件控訴を民訴法三八四条により棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官乾 達彦 裁判官宮地英雄 裁判官横山秀憲)

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